【アニメ】1982年に起こった「月曜19時アニメ」の攻防 子供たちは「裏番組」の存在に困惑!★2
1982年、月曜よる7時は戦場だった
『手塚治虫のドン・ドラキュラ』は、1982年の「月曜7時枠」で競争を繰り広げたアニメのひとつ。画像は原作マンガ『ドン・ドラキュラ』1巻(秋田書店)
※以下、すべての時間枠は関東圏での話となります。
1982年4月の月曜日、夜7時から放送されていたアニメとは……。
・日本テレビ『ゲームセンターあらし』
・フジテレビ『釣りキチ三平』
・テレビ朝日『あさりちゃん』
・テレビ東京『手塚治虫のドン・ドラキュラ』
以上、4作品となります。『ゲームセンターあらし』は、すがやみつる先生が月刊『コロコロコミック』などで連載されたマンガを原作としたアニメで、主人公の石野あらしがさまざまな強敵とゲームで対戦する物語です。当時の子供からは熱狂的な支持を受けており、筆者もこの時期は『あらし』を中心に見ていた覚えがあります。
『釣りキチ三平』は故・矢口高雄先生原作のマンガをアニメ化した、当時の子供に釣りの面白さを教えてくれた名作です。筆者自身も『三平』を見て釣りを始め、40年近く経った今でも暇を見ては海釣りに繰り出しているのですから、アニメの影響力おそるべしです。ただしこの時期は放送2年目に当たり、翌5月に放送は終了しています。
『あさりちゃん』は室山まゆみ先生原作のアニメで、小学生のあさりちゃんがママのカミナリや姉のタタミからのイビリにもめげず、元気に日々を過ごす物語です。アニメ化された時期は連載開始数年の状況でしたが、後に長期連載となり2014年に連載終了。単行本100巻の金字塔を打ち立てるなど、少女マンガ史に燦然と輝く偉大な作品です。
そして4つ目の作品が、『手塚治虫のドン・ドラキュラ』です。その名の通り、故・手塚治虫先生の原作マンガ『ドン・ドラキュラ』をアニメ化した作品ですが、本作は日本のアニメにおいて「最短で終了したTVアニメ」という記録を持っています。関東地方は全4話、地方局では7話、もしくは8話まで放送されたところも確認されています。
脚本を担当した小山高生氏によれば、担当した広告代理店が4月末までに払わなければならない電波料を納められず、5月末まで伸ばしてほしいと交渉したが認められなかったため、放送を打ち切られてしまったとのこと。脚本は21話まで完成していたものの5本分が不渡りとなったことを明かしています。
『ドン・ドラキュラ』は真価を発揮することなく終了してしまいましたが、同じ曜日、同じ時間に並べられたタイトルとしては、歴史に名を残すレベルの作者が手掛けた作品ばかりです。もし機会があれば、今は大人となった当時の子供たちに、「あの頃どのアニメを見てた?」と聞いてみたいものです。
1/3(月) 17:10配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/395ed1fea17b89c328980fe6d6f71fdf5d0d543f?page=2
ネット民のコメント
どれも
タイトルは知ってるが
具体的なエピソードなんも覚えてねえもういいオッさんなので当時の事はリアルタイムで覚えているけど
「そもそも対象年齢と性別が被って無かったので誰も迷わなかった」
あらし→小学生男子
三平→成人男性
あさり→小学生女子
手塚→誰も見てないゲームセンターあらし見てたなあ
釣りキチ三平とあさりちゃんは夕方の再放送で見た記憶がある水曜日19時のバトルも忘れないでくれ
ドラゴンボール
つるピカハゲ丸くん釣りキチ三平とあさりちゃんで悩みまくった小学生の私
あさりちゃん見てたよ
釣りキチ三平の魚信さんの釣り針で目玉失うエピソードがトラウマで
未だに先端恐怖症かつ釣りもしないジョー2と虎2はどうだったのか
>担当した広告代理店が4月末までに払わなければならない電波料を納められず、
電波料を広告代理店が払う?
テレビ局はどこまでクズなんだよ?新潟ローカルでは
月曜19時は『ドラえもん』の指定席だったもっとも3倍モードでZガンダムやらレイズナーやらを保存してたら、ヲタ仲間からは「ありえない」と全否定され、ライト扱いされたけど。
あさりちゃんのオープニングの「チャラ~ラ~ラ~」とかいう間奏のところで出てくる円形の変な模様はなんだったのか
実際みるならドン•ドラキュラだろうがテレ東は映らんかったし。というかどれも見たおぼえないわーちょうど小学生だったけど
正確に言うと日テレが月金で生バラエティをやるってトチ狂ったことをはじめて人気あったのに枠移動を余儀なくされた 大失敗で1年経たずにやめたんだっけ
明石家さんまがやたらラムちゃんラムちゃん言ってるのも当時共演してたこの人の洗脳、もとい布教活動によるもの
じゃあ手塚の場合格闘ゲームはイーアルカンフーのが早いけど一大ジャンルを作ったのはストⅡみたいな感じか
1980年はあしたのジョー2とタイガーマスク二世という、同じ原作者の作品が放送されていた記憶があるな。
しょこたんはしっかり者な要素が多少あるから許せるが、西村はガチでオツムテンテンだったからなあ。事務所はそれを天然ボケとして売りにしてたけど、年と共に化けの皮がはがれちゃったな。
家でディズニーアニメ見て母親にパラパラ漫画書いてもらって育ったから、漫画で稼いだ金全部つぎこんでアニメやろうとして今日のジャパニメーションがあるんじゃねえの
あさりちゃん、流行ってたけどタタミもママもいじわるだし、あさりも余計なことするし、苦手だったなぁ。同じ理由であばれはっちゃくも少し苦手だったわw
手塚治虫という人じたいが子どもたちにとって「現代の漫画家」という印象を持たれてはいなかったんじゃない?
ここからは後に単独バラエティになり打ち切り後は特番コンテンツになったフレパや後の沼島の春やお見合い大作戦を生む島田弁護協会などが生まれたが
アトムのリヴァイバルは親に無理矢理見ろ見ろと勧められたがヤマトやガンダム時代にあのロボは時代錯誤な感じがして泣いて拒否した
どっかの有名アニメーターも会社潰して新しい会社作っているからコレは宿命なのかもね?もっともそういうアニメーターは経営者としての才覚は薄いし、経営だけをやっていることができないからね
「謙遜しないで」って言う人もいるけど、むしろ自慢してるんだよ。新しい技術や戦略を導入して、プロ野球のレベルアップに貢献してきたことが俺の誇りだから。